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福岡地方裁判所 昭和60年(ワ)1590号 判決

原告 向井大輔

右法定代理人親権者母 向井和子

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 市川俊司

同 石井将

同 服部弘昭

同 谷川宮太郎

被告 福岡県

右代表者知事 奥田八二

右訴訟代理人弁護士 国府敏男

同 山田敦生

同 俵正市

主文

一  被告は、原告向井大輔に対し金二三一七万九一〇二円、原告向井和子に対し金一六〇万円及び右各金員に対する昭和五九年六月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告向井大輔に対し金一億九〇三二万〇一七一円、原告向井和子に対し金七七〇万円及び右各金員に対する昭和五九年六月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

原告向井大輔(以下「原告大輔」という。)は、後記本件事故当時、福岡県立稲築高等学校(以下「稲築高校」という。)に一年生として就学していたものであり、原告向井和子(以下「原告和子」という。)はその実母である。

被告は、稲築高校を設置管理するものであり、小袋是勝(以下「小袋」という。)は、本件事故当時、稲築高校の教諭(体育教科担任)をしていたものである。

2  本件事故

原告大輔は、昭和五九年六月一八日午前九時三〇分ころ、福岡県嘉穂郡稲築町岩崎一一八〇の一所在の稲築高校内に設置されたプール(以下「本件プール」という。)において、小袋教諭の指導にかかる正課(第一時限目)の水泳授業(以下「本件授業」という。)に参加し、同教諭の指示に従い、本件プールのスタート台から逆飛び込みを行ったところ、入水直後にプールの底に頭部を打ちつけ、頸髄完全損傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けた。

3  被告の責任

被告には、次のような(一)ないし(四)の賠償責任がある。

(一) 小袋教諭の指導上の過失に伴う責任(国家賠償法一条)

原告大輔は稲築高校に入学し、同校教師の指導のもとで教育を受けているのであるから、被告は、同校を設置管理するものとして、教育基本法、学校教育法に基づき、原告大輔の安全を保護すべき義務を負っているにもかかわらず、以下の過失により、原告大輔に本件障害を負わせた。

(1) 水泳実技は、学校教育活動の中でも危険性が高く、とりわけ逆飛び込みは最も危険性の高いものであるから、これを指導する教師においては、事前に各生徒の飛び込み技術を正確に把握して、その水泳能力に応じた具体的で実効ある指導方法を講じ、安全に飛び込めることが確認できるまで、段階的な飛び込み練習をさせる注意義務があるところ、本件事故当日は、原告大輔にとって、高校入学後、水泳実技の最初の日であったにもかかわらず、小袋教諭は、原告大輔ら生徒の逆飛び込みの技術を十分に把握せず、安全に飛び込めることができるかどうかを確認せず、スタート台以外の位置からの段階的な飛び込み練習の方法を経ないで、生徒達を水に慣れさせた後、いきなりスタート台からの逆飛び込みを指示したものであり、しかも、指示するに際しては、実際に模範演技を生徒に示すとか、入水の角度を誤って頭部を打たないようにする旨の具体的な注意をすべきであったにもかかわらず、これをも怠った過失があった。

(2) 本件プールは、満水時において、最深部で約一三〇センチメートルしか水深がないのに対し、スタート台は、水面から約七〇センチメートルもの高さがあって、スタート台から逆飛び込みをするには、水深が浅きに失し、少なくとも一般生徒の水泳授業においては、右スタート台からの飛び込みにはこれを使用してはならないにもかかわらず、小袋教諭は、右スタート台を使用して身長一七三センチメートルの原告大輔に逆飛び込みを行わせた過失がある。

以上のとおり、本件事故は、小袋教諭の指導担当教師としての過失によるものであり、同教諭は被告の公務員であるから、被告は、国家賠償法一条に基づき、原告らが本件事故により受けた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 本件プールの設置管理の瑕疵に伴う責任(国家賠償法二条)

本件プールは、被告が設置管理しているものであるが、前述のとおり、水深の浅いプールであって、かつ、スタート台の水面からの高さが高過ぎ、身長、体重等の体格が向上した高校生にとっては、スタート台からの逆飛び込みを行うプールとして、通常有すべき安全性を欠いた瑕疵があるから、原告大輔が本件プールのスタート台から逆飛び込みを行って発生した本件事故は、本件プールの設置管理の瑕疵によって生じたものであり、被告は、国家賠償法二条に基づき、原告らが本件事故により受けた後記損害を賠償する責任がある。

(三) 使用者責任(民法七一五条)

被告は、小袋教諭の使用者であり、同教諭が被告の行う教育活動の一つである水泳実技の授業を指導した際、前記(一)記載の安全保護義務に反した過失により本件事故を発生させたのであるから、被告は、民法七一五条に基づき、原告らが本件事故により受けた後記損害を賠償する責任がある。

(四) 債務不履行責任

原告大輔は、稲築高校に入学する際、被告との間で学校教育を受けることを目的とした在学契約を締結しているので、被告は、原告大輔に対し、教育する義務を負うとともに、その付随的義務として、原告大輔の生命、身体等に危険が生じないようにする義務があるにもかかわらず、被告の履行補助者である小袋教諭において、前記(一)記載の過失により、原告大輔を負傷させ、原告らに後記損害を与えたから、被告は債務不履行責任を負う。

4  損害

(一) 原告大輔は、本件傷害のため、昭和五九年六月一八日西野病院に、同月一八日以降総合せき損センターに入院加療し、昭和六〇年七月二〇日現在なお同センターに入院しているが、頸髄以下の身体が完全麻痺の状態であり、上肢も不自由なうえ、下肢は全く動かすことかできない。体位の変更は不可能で、排尿、排便にも介助による手圧が必要であり、生涯車椅子による生活となった。

(二) 右受傷に伴う原告大輔の損害の数額は、次のとおりである。

(1) 療養雑費 金九八九万三三二五円

原告大輔は、終生にわたって療養生活を送らなければならないところ、そのために支出する療養雑費は、一日につき最低金一〇〇〇円を要する。したがって、原告大輔の本件事故後の生存可能年数を簡易生命表により五九年とし、複式ホフマン方式によりその現価を算出すると、金九八九万三三二五円となる

(算式) 1000円×365(日)×27.105=989万3325円

(2) 付添看護費 金八一三一万五〇〇〇円

原告大輔は、日常生活の全般にわたって常に他人の付添看護を要し、この状態が終生継続することになる。

そのために要する付添看護費用は、職業的な付添看護婦の付添料金を基準にすると月額二五万円相当であるので、原告大輔の平均余命五九年につき、複式ホフマン方式によりその現価を算出すると、金八一三一万五〇〇〇円となる。

(算式) 25万円×12(月)×27.105=8131万5000円

(3) 逸失利益 金六四一一万一八四六円

原告大輔は、本件事故により労働能力喪失率一〇〇パーセントの重篤な後遺障害を被り、その回復は終生望むことができない。同原告は、本件事故当時、満一五歳の健康な男子であり、高校卒業後は就職して相当な収入を得られるところであった。したがって、同原告の就労可能年数を満一八歳から六七歳までの間とし、昭和五六年賃金センサスによる全年齢平均給与月額三二万四二〇〇円を基準として、その間に得べかりし利益の現価を、ライプニッツ方式により算出すると、金六四一一万一八四六円となる。

(算式) 32万4200円×12(月)×16.4795=6411万1846円

(4) 慰謝料 金二五〇〇万円

原告大輔は、本件事故によって、回復困難な傷害を被り、同原告の前途ある若さを考えると、その肉体的精神的苦痛は筆舌に尽くしがたいものがある。したがって、これを慰謝するには、少なくとも金二五〇〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。

(5) 弁護士費用 金一〇〇〇万円

原告大輔は、被告が任意の弁済に応じないため、止むをえず本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用として金一〇〇〇万円を支払うことを約した。

5  原告和子の損害

(一) 慰藉料 金七〇〇万円

原告和子は、原告大輔の母親であるところ、ここまで育ててきた長男が、本件事故で回復の見込みのない重大な傷害を負うに至ったことは、生命を害された場合にも比肩すべきものがあり、母親として甚大な精神的苦痛を被った。したがって、これを慰謝するには、少なくとも金七〇〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。

(二) 弁護士費用 金七〇万円

原告和子は、原告大輔と同様に本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用として金七〇万円を支払うことを約した。

6  よって、被告に対し、右損害賠償として、原告大輔は、金一億九〇三二万〇一七一円、原告和子は、金七七〇万円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五九年六月一八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、小袋教諭が原告大輔に対し、本件プールのスタート台からの逆飛び込みを指示したこと、同原告が本件プールの底に頭部を打ちつけたことは否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実のうち、本件事故が、原告大輔の高校入学後、最初の水泳実技の日に発生したこと、小袋教諭が逆飛び込みの模範演技をしなかったこと、本件プールを被告が設置管理していること、被告が小袋教諭の使用者であることは認めるが、その余の事実は争う。

4  請求原因4の事実のうち、原告大輔が主張のとおり入院治療を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

5  同5の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件プールの安全性について

本件プールは、満水時で一二〇センチメートルから一四〇センチメートルの水深があり、スタート台の下が最も深く、水面からスタート台上部までの高さは五五センチメートルとなっている(もっとも、本件事故当時、本件プールは、プールサイドに設けられたオーバーフローによって、水深が約一三三センチメートル、水面からスタート台上部までの高さが約六二センチメートルとなっていた。)から、文部省が手引書によって指導している「高等学校用の学校プールとして、適当な水深は、一二〇センチメートルから一六〇センチメートル、水面からスタート台上部までの高さは三〇センチメートル以上七五センチメートル以下」との基準や、財団法人日本水泳連盟のプール公認規則に定める「競泳用の標準プール(小中学校プール以外、二五メートル)の水深は、一〇〇センチメートル以上、水面からスタート台上部までの高さは二一センチメートル以上で、かつ水深から五五センチメートルを減じたものが、七五センチメートルを超えないこと」との基準にいずれも適合するものである。本件プールと同じ水深や水面からスタート台上部までの高さのプールは、全国の高校に設置され、水泳授業等に使用されているのであって、大人の体格なみになった高校生でも危険性なく十分使用しうるものであるから、本件プールは通常備えるべき安全性を有しているものというべく、その設置管理に瑕疵はない。

2  小袋教諭の指導上の過失の有無について

(一) 小袋教諭は、本件授業に先立って、中学校在学時における生徒の水泳実技の履修状況や水泳能力の有無を調査し、水泳授業に参加するについては、朝食を抜いたり、睡眠不足の状態を避けるよう事前に注意を与えたうえで、本件授業に臨んだ。本件当日は、プールの水温が適切であることを確認し、生徒には準備運動及びシャワーによる水浴びをさせた後、本件プールにプールサイドから入水させ、プールのほぼ中央に張られたコースロープまで、プールのコースを横切る形で行くことを命じ、水に慣れさせた。

しかるのちに、生徒の泳力調査を目的として、本件プールのスタート台から二五メートル先まで、泳げる者は泳いで、泳げない者は歩いてでも行くよう指示した。スタートの方法については、スタート台から逆飛び込みのできる者は飛び込み、それができない者はスタート台の横からの逆飛び込み、それもできない者は足からの飛び込みでよいと説明し、逆飛び込みについては、あごを引いて手を伸ばすよう注意を与え、その模範を身振りで示した。

以上のように、小袋教諭は、本件授業において、十分その注意義務を果たしており、その指導方法に過失はなかった。

(二) 本件は、小袋教諭が逆飛び込みの練習をさせているときの事故ではなく、各生徒の水泳の習熟度を判別するために、二五メートルを泳がせているときに発生したものであり、スタートの方法は、各生徒の能力に応じて自由に選択させたのである。高校一年生の判断能力、後記原告大輔の逆飛び込みを含む水泳の能力、前記プールの状況、小袋教諭の生徒に対する指導や注意の内容等を考慮すると、原告大輔が自ら任意に逆飛び込みによるスタートを選択した以上、小袋教諭において、本件のような事故が発生することは予測しえないことであり、偶然の突発事故というほかはない。

3  在学関係の法的性質について

公立高等学校の在学関係は、地方公共団体の設置する営造物の利用関係を、入学許可という行政処分によって設定するものであるから、契約関係ではなく、公法上の法律関係である。

従って、本件につき、原告ら主張の債務不履行に基づく責任は問題にならない。

四  抗弁

1  原告大輔の過失

原告大輔は、中学時代から泳ぎも逆飛び込みも抜群に上手であったが、中学校三年生の時には、スタート台から飛び込んでプールの底に頭部をこすったことや、本件事故の二週間程前にも、プールサイドから逆飛び込みをしてプールの底に頭部を打ったことがあるなど、逆飛び込みの危険なことは十分承知していた者であり、高校一年生として是非を弁別し、これに従って行動する能力に欠けるところはないのであるから、本件当日、自己の能力を十分に見極めてスタート台からの逆飛び込みを選んだ以上、これに伴う危険回避の努力を自らなすべき注意義務があったのに、本件事故に至ったのは、すべて原告大輔の責めに帰せられるべきものである。

2  損害の填補

(一) 原告大輔は、本件損害の填補として、日本学校健康会から障害見舞金一八〇〇万円の給付を受けた。

(二) 原告大輔は、本件損害(看護料)の填補として、特別児童扶養手当等の支給に関する法律三条により、昭和五九年一二月から満二〇歳に至るまで、毎月金四万一一〇〇円(昭和六二年度における支給額)の特別児童扶養手当金を受けている。

(三) 原告大輔は、本件損害の填補として、同じく特別児童扶養手当等の支給に関する法律二六条の二及び三により、満二〇歳以降毎月金二万〇九〇〇円(昭和六二年度における支給額)の特別障害者手当金の支給を受ける予定である。

(四) 原告大輔は、本件損害の填補として、国民年金法三〇条の四、三三条二項により、満二〇歳以降年額七八万三一〇〇円(昭和六二年度における支給額)の障害基礎年金の支給を受ける予定である。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。

2  同2(一)、(二)の事実のうち、原告大輔が被告主張の障害見舞金及び特別児童扶養手当金の支給を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

同(三)、(四)の事実は知らない。

障害見舞金は、子供の親が共済掛金をかけて、学校事故のあった場合に学校健康会から給付を受けるものであり、いわば親が自分でかけた保険の保険金を貰うのにひとしいものであるから、損害の填補にはならない。

特別児童扶養手当金は、国の福祉政策の一環として給付されるものであり、その趣旨目的は、本件の損害賠償とは異なるものであるから、損害の填補にはならない。

被告主張の特別障害者手当金及び障害基礎年金は、いずれも将来の給付金であって、いつ制度が改廃変更されるかもしれないなど不確定なものであるうえ、国の福祉政策の一環として給付されるものであり、その趣旨目的は本件の損害賠償とは異なるものであるから、損害の填補にはならない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(当事者等)の事実については、当事者間に争いがない。

二  本件事故発生の経緯と状況

原告大輔が、原告ら主張の日時に、本件プールにおいて、小袋教諭(被告の公務員)の指導にかかる本件授業に参加したこと、同原告が本件プールのスタート台から逆飛び込みをしたところ、本件傷害を受けたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  小袋教諭は、昭和五九年六月一八日午前九時から始まる第一時限目において、一年六組及び七組の男子生徒に対し、水泳実技の授業を実施した。同実技の授業は、右生徒の高校入学後の最初のことであり、七組の原告大輔もこれに参加していた。なお、小袋教諭は、本件授業日前の体育授業日において、あらかじめ原告大輔ら七組の生徒に対し、中学校在学時における水泳実技の履修の有無及び水泳能力につき、挙手を求める方法で調査をすませていた。

2  小袋教諭は、本件授業において、生徒に対し、まずラジオ体操、腹筋及び腕立て伏せ各三〇回、手首と足首の運動、シャワーでの水浴びを行なわせた後、プールの水に慣れさせるため、本件プールサイドに座って足や腹に水をかけること、次いで、プールのほぼ中央に張られたコースロープまで、プールを横切る形で歩いて往復することを指示し、実行させた。

3  その後、小袋教諭は、生徒の泳力調査を目的として、プールサイドに整列の生徒に対し、スタート台から二五メートル先まで泳いで行くよう指示し、泳げる者は泳ぎ、泳げない者は歩いてもよい、スタートの方法については、各人の能力に応じて、スタート台の上から逆飛び込みをするか、それができない者はスタート台の横から逆飛び込みをしてもよく、いずれもできない者は足から飛び込んでもよい旨説明するとともに、逆飛び込みについては、あごをひいて胸をよく伸ばし、足でしっかり踏み切ってスタートするよう注意を与え、身振りでそのフォームを示した。

4  小袋教諭は、生徒を四列縦隊で本件プールのスタート台の前に誘導した後にも同様の注意を告げたが、生徒が騒がしくて、右注意事項が行き届いていなかったためか、既に他の生徒がスタートして泳ぎ始めた後になって、逆飛び込みに自信のない生徒から、足から飛び込んでもよいかとの質問が出たりした。

5  右説明と注意をした後、小袋教諭は、スタート台の位置から七メートル程離れたプールサイドに立ち、「ヨーイドン」と言うのと同時に、手を叩いて合図をし、これに合わせて四列に並んだ生徒が、順に四人ずつ本件プールに飛び込んでいった。

6  原告大輔より先に飛び込んだ生徒のうち、スタート台の上から逆飛び込みをした者が三分の一位、足から飛び込んだ者が少数、残りの大部分がスタート台の横から逆飛び込みをした。

7  順番の来た原告大輔は、スタート台の上からの逆飛び込を選び、午前九時三〇分頃少し強めに踏み切ったが、誤って飛び込みの角度が水面に対し深くなり、飛び込みの軌道も低く、入水したのはスタート台から約一・八メートルないし二・三メートル先であったためか、入水直後にプールの底に頭部を打ちつけ、うつ伏せのまま手足が制御できない状態で浮上した。頸髄完全損傷の傷害であった。

8  本件プール(二五メートル)は、スタート台直下の水深が約一三三センチメートル、スタート台の高さは前面部で約二〇センチメートル、水面からスタート台上部までは約六二センチメートルであった。右構造は、文部省刊行の「水泳プールの建設と管理の手引」と題する手引書による「高校・大学用のプールとして適当な水深は、一二〇センチメートルから一六〇センチメートルであり、水面からスタート台上部までの高さは、三〇センチメートル以上七五センチメートル以下の範囲内」との規準や財団法人日本水泳連盟のプール公認規則による「競泳用の標準プール(二五メートル、小中学校プール以外)は、水深が一〇〇センチメートル以上、水面からスタート台上部までの高さが二一センチメートル以上で、かつ水深から五五センチメートルを減じたものが、七五センチメートルを超えないこと」との規準にいずれも適合しており、本件スタート台の高さは、むしろ低めであった。因に、本件事故当時、原告大輔の身長は約一七二センチメートルであった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  被告の責任

前記認定の事実によると、小袋教諭が本件当日生徒に二五メートルを泳がせたことについては、あらかじめ中学校在学時における水泳実技の履修状況や水泳能力を調査し、事前に柔軟体操、準備運動等を行なわせたなどの点からみて、安全配慮に懈怠があったとはいえず、また、本件プールの構造設計は、公的な指導規準にも適合し、成人の体格でも十分使用しうるものであるから、通常有すべき安全性に欠けるものとはいえず、本件において、小袋教諭が生徒に対しスタート台からの逆飛び込みをさせたからといって、とりたてて過失責任を問うことはできない。

しかしながら、泳力調査のために、いかに任意選択的であるとはいえ、最初の水泳実技の日に、生徒に対しスタート台からの逆飛び込みを行なわせたことは、その際の小袋教諭の指導の仕方、注意の方法の不備とも合わせて、安全保護義務を尽くさなかった過失ありといわざるをえない。すなわち、

1  逆飛び込みを含めて飛び込み技術は、水中での泳ぎとは別の実技であって、泳力調査ないし各生徒の泳ぎの習熟度を調べるのが目的であれば、まず足からでも安全に入水させるなどして、主眼を水中での泳ぎに向けることで足りること、

2  水泳実技の教育においては、飛び込みは飛び込みの実習で指導するのが望ましく、特に逆飛び込みは、入水角度を誤るなど生徒の飛び込み方のミスにより事故につながる危険性の高いものであり、過去にも学校事故の生じた例のあることは顕著な事実であることを考えると、逆飛び込みを主題とする安全かつ段階的な指導方法を講じる必要があったこと、

3  本件当日は、生徒が高校に入学した後の最初の水泳実技の日であったのに、中学校在学時における水泳実技の履修状況や水泳能力を調査しただけで、簡単にスタート台からの逆飛び込みを生徒自信の任意選択に任せて容認したのは、指導教師としていささか安易な態度であったこと、

4  しかも、小袋教諭は、生徒のスタート開始前に、逆飛び込みにつき、とおりいっぺんの注意と身振りでの説明をしただけであって、実際に模範演技を示すとか、入水直前まで及び水中では眼を明けること、入水角度など、事故防止の具体的指示にも欠けていたものであり、その口頭注意も十分には生徒に行きわたっていなかったこと、

以上の諸点に鑑み、小袋教諭には、本件授業担当教師(被告の公務員)として指導上の過失があったのであるから、その余の原告らの主張の責任原因につき判断するまでもなく、被告は、国家賠償法一条に基づき、原告らが本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。

四  原告大輔の過失

1  本件事故は、前記認定のとおり小袋教諭の指導上の過失によるものであるが、同時に原告大輔の逆飛び込みの失敗という過失にも起因して発生したものである。すなわち、

《証拠省略》によると、原告大輔は、中学生時代には泳ぎが上手で、校内水泳大会にもクラスの選手として出場した者であるが、中学三年生の時には、中学校プールにおいて逆飛び込みに失敗し、入水角度が深すぎて、プールの底に頭部をかすったことがあり、更に本件事故発生の二週間位前にも、旅行先の温水プールにおいて逆飛び込みに失敗し、プールの底に頭部を打ちつけて、脳震盪を起こした経験を有していたものであって、本件当時、高校一年生として十分に事理弁別の判断能力を備えていた筈であるから、逆飛び込みを選択するに当たっては、その危険性を了知のうえ、入水角度が深すぎないなど、正しい飛び込みに留意すべき注意義務があったのに、これを怠り、前認定のとおり漫然スタート台から逆飛び込みを行ない、入水角度を誤った過失があるといわなければならない。

ところで、原告和子が原告大輔の母としてその親権者であることは当事者間に争いがないから、原告大輔の過失は、原告和子の被告に対する損害賠償請求額の認定に当たっても、原告側の過失として斟酌すべきである。

2  小袋教諭と原告大輔の過失割合は、これまで認定の事実関係のもとにおいては、原告大輔が六割、小袋教諭が四割と認定するのが相当である。

五  原告大輔の損害

1  原告大輔の治療経過、後遺障害等

原告大輔が主張のとおり入院治療を続けたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告大輔(昭和四四年一月三一日生)は、本件傷害のため頸髄以下の身体部分が完全に麻痺してしまい、上肢は、リハビリテーションにより若干の機能回復があるものの、不自由であり、下肢は全く動かすことができない状態であって、体位を変えることはできず、排尿、排便も自制不能で、手圧による介助が必要であり、車椅子による生活を余儀なくされるに至ったこと、原告大輔の右症状と機能障害は、現在ほぼ固定し(身体障害者等級表による一級)、今後その回復は殆ど望めないことが認められ、これに反する証拠はない。

2  原告大輔の右受傷に伴う損害の数額につき検討するに、

(一)  療養雑費 金三六二万四二一二円

原告大輔は、終生にわたり療養生活を送らなければならないところ、そのために要する療養雑費は、昭和六〇年七月二〇日まで(三九八日)の入院期間については一日金一〇〇〇円が相当であるので、その間金三九万八〇〇〇円となり、同月二一日以降については一日金五〇〇円が相当であるので、原告大輔の余命を簡易生命表により五八年とみて、ライプニッツ方式により現価を算出すると、金三二二万六二一二円となる。

1000円×398(日)=39万8000円

500円×30(日)×12(月)×(18.8757-0.9523)=322万6212円

(二)  付添看護費 金一四〇九万八八四八円

原告大輔は、終生にわたり付添看護を必要とするところ、そのために要する付添看護料は、昭和六〇年七月二〇日まで(三九八日)の入院期間については一日金三〇〇〇円が相当であるので、その間金一一九万四〇〇〇円となり、同月二一日以降については一日金二〇〇〇円が相当であるので、原告大輔の余命を前記の五八年とみて、ライプニッツ方式により現価を算出すると、金一二九〇万四八四八円となる。

算式 3000円×398(日)=119万4000円

2000円×30(日)×12(月)×(18.8757-0.9523)=1290万4848円

(三)  逸失利益 金六一四五万七六九七円

原告大輔は、本件傷害のため、終生にわたり労働能力を完全に喪失したものといえるから、昭和五九年賃金センサスにより、高校卒業男子の産業計、企業規模計、年齢計の平均年収三九一万五八〇〇円を基準にして、一八歳から六七歳までの稼働可能期間の逸失利益につき、ライプニッツ方式により事故当時の現価を算出すると、金六一四五万七六九七円となる。

算式 391万5800円×(18.4180-2.7232)×100/100=6145万7697円(円未満切捨)

(四)  過失相殺

以上(一)ないし(三)の損害合計金七九一八万〇七五七円について、前記認定の割合による過失相殺をすると、被告が原告大輔に対し負担すべき損害賠償債務は内金三一六七万二三〇二円となる。

(五)  慰藉料 金八〇〇万円

原告大輔の本件傷害の部位、程度、治療経過、後遺障害の内容、同原告の過失等を考慮すると、その精神的苦痛に対する慰藉料は金八〇〇万円が相当である。

(六)  損害の填補

(1) 原告大輔が日本学校健康会から障害見舞金一八〇〇万円の給付を受けたこと、また被告主張の特別児童扶養手当金の支給を受けていることは、当事者間に争いがないところ、これらはいずれも本件傷害に対する損失補償の性格を有する給付であるので、右障害見舞金一八〇〇万円と、金額特定の主張のある昭和六二年分の特別児童扶養手当金四九万三二〇〇円を、前記損害賠償債権額から控除すると、金二一一七万九一〇二円となる。

(2) 被告主張の特別障害者手当金及び障害基礎年金は、いずれも口頭弁論終結後の将来の給付であり、いまだ現実に給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、このような将来の給付額を損害額から控除することは相当でない。

(七)  弁護士費用 金二〇〇万円

原告大輔が本件訴訟の提起、追行を止むをえず原告ら訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであり、本件訴訟の審理経過、事件の難易、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金二〇〇万円が相当である。

六  原告和子の損害

1  慰藉料 金一四〇万円

原告大輔の本件傷害は、生涯にわたる深刻かつ重篤なものであるから、母である原告和子が受けた精神的苦痛は甚大なものがあり、これを慰藉するには、障害の程度、原告大輔の過失など諸般の事情を考慮すると、金一四〇万円の慰藉料が相当である。

2  弁護士費用 金二〇万円

原告和子が本件訴訟の提起、追行を止むをえず原告ら訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであり、本件訴訟の審理経過、事件の難易、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金二〇万円が相当である。

七  結論

以上判示のとおり、被告は、本件事故による損害賠償として、原告大輔に対し金二三一七万九一〇二円、原告和子に対し金一六〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五九年六月一八日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告らの各本訴請求は、右各金員の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寒竹剛 裁判官 森田富人 島田睦史)

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